自歩人の生活 LIFE OF JIPPOJIN

石田衣良さん(作家)

豊かなライフスタイルに、多くのお金は必要ない

白を基調にした石田さんの仕事部屋には、大きな窓から差し込む光がキラキラと舞っていた。
「本と音楽が好き」という石田さんらしく、室内の書棚には、数千枚をこえるCDと本がぎっしりと詰まっている。そして、スタジオさながらの良質な音を奏でる立派なオーディオセットまで。
しかし意外なほどに、石田さんご自身は“モノ”にこだわりがない。いや、正確には“執着”がないのだ。そのライフスタイルのこだわりは、人々の心を揺さぶる作家らしく、“モノ”ではなく“心”に向けられていた ―

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紙とペンとラジオがあれば、心豊かに生活できる

僕の実家は東京の下町で、両親は商売をしていたんです。だから子どもの頃は、1階は店舗で2階が住居、というスタイルの家に住んでいました。
小さいときは、よく店番もしていましたよ。店番と言っても、ぼんやりラジオを聴きながら、店先に座って本を読んでいるだけでしたけど。(笑)
学校から帰ったら、真っ先に自分の部屋へ戻って、ラジオのスイッチを入れるような子どもだったなぁ。ラジオから流れる音楽を聴きながら、当時夢中になっていた翻訳物のSFとかミステリーをよく読んでいました。小さい頃から、音楽と本が大好きだったんです。

だから僕は今でも、紙とペンとラジオがあれば、心豊かに生活できる。べつに何百万部の大ベストセラーを次々と出さなくても、コツコツ地道に書いていけたらいい、というのが基本にあるんです。
両親は商売人でしたから、大金を儲けなくても、 “お金がうまく回っていけばいい”という考え方でした。そういう点では、僕も同じですね。

よくテレビ番組で、趣味の悪い大豪邸に住む社長が紹介されたりしているじゃないですか。あんなふうに、「ただお金を持っているだけ」の人を、持ち上げたり尊敬したりするのは、やめたほうがいいと思います。恥ずかしいから。何も物質がなくなったときに、どれだけ豊かでいられるかってことで、人間の価値が決まると思うんですよね。

みんな気づいているはず、“お金だけがすべてじゃない”ってこと

お金をかけずに、豊かなライフスタイルを送る方法って、じつはたくさんあるんです。
学校を卒業したとたん、勉強をしなくなる人が多いですけど、僕は、なにかひとつテーマを見つけて、勉強し続けるといいと思いますね。歴史とか、俳句とか、なんでもいいんです。
僕は、“句会”に参加することがあるんですが、これがめちゃくちゃ面白い。みんなでひとつのテーマを決めて俳句を詠みあうんですが、みんなそれぞれ感じ方や詠み方がちがうから、「人間って、こんなにバラエティに富んだ面白い生き物なんだ」と気づかせてくれます。
参加したことがない方は、ぜひ一度、出かけてみるといいですよ。
俳句を詠むのに、お金はいりませんから。(笑)

そうやって、自分の興味の持てることを、2年か3年かけて少しずつ積み重ねていけば、彩り豊かな人生になるはずです。

俳人の小林一茶は、晩年、故郷に帰って、おんぼろ小屋に住んでいたそうですけど、誰も「あの爺さん、貧乏だよね」なんて笑う人はいないでしょう。(笑)みんな本当は、お金だけがすべてじゃないってことに、気づいているはずなんですよ。だから、その気持ちを大切にしたほうがいい。
お金を使わないで得られるたくさんの喜びを知ったうえで、自分の身の丈にあった生活を送る程度のお金を持っている人が、本当に豊かだと言えるんじゃないかなぁ。

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