自歩人の生活 LIFE OF JIPPOJIN

横森理香さん(作家・エッセイスト)

健康な体と心は何にも代え難い幸せ。 横森式の心地いいライフスタイル

健やかな体と心、美、エイジング。さらには掃除で開運、早寝早起き術、ヨガや気功、ベリーダンスに、育児の話題。女性のライフスタイルに多方面から迫る横森理香さんのエッセイは、新鮮な視点と、軽妙な語り口が心地いい。女性が重ねゆく年齢に常に正面から向き合う彼女。なぜなら、それはまったく悪いことではないのだから。今の年齢の喜びや悲しみをありのままに味わえるのも、体と心が健やかでいてくれるから、と横森さんは感謝する。心地いいボディとマインドを保つことが、家族のためにも大切―。そんな横森式ライフスタイルについて伺った。

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母が教えてくれた豆絵本や日記、恋文の代筆が“書く”原点に

小さい頃は体が弱く、いつも家にいる子どもでした。家では母が先生。母は教員で、絵本の読み聞かせなど低学年教育の研究をしていたこともあり、私にも豆絵本を作らせたりしました。一枚の画用紙を折ったり切ったりして本のようにして、そこに、絵を描いてお話を作るんです。思えば、あの豆絵本が、私が書くようになった原点。面白いことに、6歳になる私の娘も同じように物語を作って見せてくれるんですよ。教えた憶えはないのに、これはもう血筋かな、と(笑)。

母は私の文才に早くから気づいてくれていたようです。小学3年生の誕生日には赤い日記帳をプレゼントしてくれ、「毎日日記を書いて一年間お母さんに見せて」と言われました。書いて見せると、句読点や文章のテクニカルな直しはもちろん、「どう思

ったの?」「何を感じたの?」という私の気持ちを書くようにと一番言われましたね。何をした、何があった、だけではつまらない。気持ちがなくちゃ日記じゃない。そんなこと言われても幼い私には難しすぎたけど(笑)。

それでもがんばって一年間続けると、翌年の誕生日に今度は鍵付の日記帳をくれたんです。忘れもしません、当時の私が大好きだったホリーホビーの表紙。母は、「もう見せなくていいから、本当に書きたいこと、自分だけに読ませたいことを書きなさい」と言いました。高校2年生まで続けたんですが、思春期って精神が不安定でしょう?日記も、絶対に誰にも見せられないような話が書き溜められますよね。だから途中で、“何かの拍子で他人に読まれたら…”と怖くなって、最後は焼き捨てちゃって…。
ただ、それでもそのあと日記を書き続けたことで、私は書かずにはいられない人間なんだって自覚しました。高校時代には恋文の代筆もしていました。その人のつもりになっていくらでも書けたから、恋愛が成就して感謝されましたね(笑)。

失恋でどれだけ落ち込んでも本だけは不思議と読めた

書くことは得意でも、それを職業にしようとは考えていなかったんです。美大ではビデオアートをやっていたし、卒業後ニューヨークに渡った時も、現地のトレンド情報を日本の雑誌に寄稿するものの、アルバイト感覚の粋から出てなくて。

ニューヨークへは当時の恋人を追いかけて行きました。そして、失恋。どん底でしたね。毎日泣きながら、ただ日記を書いていました。日本語が恋しくなって、日本に帰国するたび本を買い漁り、ニューヨークに持って戻っては読み漁る、その繰り返し。そんな時、永倉万治さんの『ジェーンの朝とキティの夜』という短編集に出会い、心を救われたんです。…なんて言えばいいんだろう。火鉢のような温もり、日本人の温かさがほんのりと…。やっと、

日本に帰ってまた一から生き直そうと、そう思えました。どれだけ落ち込んでいても、失恋で傷ついていても、人間、本だけは読めるんですね(笑)。これは凄いことだと思いました。

私も永倉さんのような本が書きたい。そう思い、ニューヨークにいるうちに小説を書き始めました。帰国後、29歳で最初の本を出版。今に至るまで様々な本を書いてきましたね。女性にまつわるテーマが多いのは、私自身、女性として生まれ、生きていて、年齢を重ねているから。死ぬまで女性としてステージを登っていくなら、年代ごとの体験を分かりやすく表現し、伝えたいと思うんです。何に悩んで、どんな風に解決し、どうやって幸せに生きるのか。「このアドバイスは10年前に書いて欲しかったわ!」なんて言ってくださる読者もいます。でも、私だって経験しないと書けないわけですから、そこはご容赦を(笑)。

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