自歩人の生活 LIFE OF JIPPOJIN 北原照久さん(コレクター) 究極のコレクションの中での暮らし

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「家が喜んでいる」は最高の誉め言葉

家はゲストハウスと自宅に分かれ、どちらも“景色のいい家”です。特にゲストハウスの、海に丸く張り出した窓からの眺めは最高。朝の海、昼の海、台風の海も、穏やかな海も、季節ごとの装いも、この窓から11年間見てきました。

夜の海がまた綺麗なんです。テミヤンというミュージシャンとバンドがここで演奏してくれた時は、ゲストが帰った後、テミヤンたちと僕と女房とでレイ・チャールズのドーナツ盤を聴いていました。その夜はちょうど満月。「部屋の灯りを消してみよう」って話になり、真っ暗にした途端、月の光を浴びた海が輝き浮かび上がって…それは美しい眺めでした。潮の流れがぶつかる場所には、歩けそうなほどくっきりと光の道ができている。灯台の点滅がロウソクみたいに遠く揺らめいている。岩の上の白鷺、波間にポーンと跳ねるボラ。こんな瞬間が見られるなんて僕らは幸せです。その後

テミヤンが、この夜の情景を歌詞にして『そばにおいでよ』という楽曲を作ってきたんですよ。ロマンティックでしょう(笑)。

以前、ここに29年間住んでいた英国人が訪ねてくれたとき、「私たちが住んでいたときより家が喜んでいる」と言われて最高にうれしかったのを思い出します。僕は一日一言、家に向かって「いい家だね」と誉めるんですよ。すると、家はどんどん良くなり、素晴らしい人々が集まってくれるようになりました。またうれしいのは、ここで知り合った人々が一緒に仕事をするようになったり、恋人になったりと、素晴らしい出会いがたくさん生まれていることです。

人生は「ウォーク・ドント・ラン=急がば回れ」時間はかかった、でも、すべてを実現させた

昨年は還暦を迎えパーティを開きました。オープニングにお見せしたのは、『スカボロフェア』の曲に乗せて流れる、僕の60年の足跡をまとめた映像。30歳までに抱いていた夢を一つずつ実現していった足跡です。17歳で加山雄三さんに会いたいと思い、52歳でセッションを実現。20歳で1956年型サンダーバードが欲しいと思い、50歳で入手。20代後半でおもちゃの博物館を作りたいと思い、37歳で設立。30歳代に海の家に住みたいと思い、49歳で購入。そして、吉永小百合さんに会いたい夢は…、2008年2月4日に実現!その日の日付入りTシャツまで作っちゃいました。僕の“小百合記念日”ですから(笑)。

どの夢も、抱いた当時の僕にはとてつもなく大き過ぎました。でも、叶うと信じて疑わず、努力も怠らなかった。奇人変人と言われながらも、大きな夢を大きな声で語り続けました。そして、時間はかかったけど、すべてを実現させたんです。僕のこれまでの人生は、ウォーク・ドント・ラン=急がば回れ、でしたね。

我ながら凄い人生ですよ。その間そばにいてくれた女房は良き理解者です。出会った学生時代から、僕らの価値観は一貫して共通し、お互いのいいところを評価し合えます。ふと口をつくメロディまで一緒のこともあって、怖いくらい(笑)。実は、最初は彼女のほうがコレクターだったんですよね。ゴルフも女房が先で、僕は3カ月後に始めました。エレキギターはさすがにしないけど、歌うのは好きだし、これがまた上手いんだ。還暦パーティでは女房がトリを務めて歌ったのがすごくカッコよくて、主役の僕の人気までさらっていっちゃいました(笑)。

60歳まではアイドリング、本当のスタートはここからです。今後の夢は、自分のコレクションをもっと世に出していくこと。100年経ったら僕のコレクションは凄いことになりますよ。20世紀の庶民の文化を、僕ほど、量、数、クオリティで集めている人はいないから。400坪の倉庫にいまだ眠っているお宝も含めて、コレクションは歴史そのものです。
あ、それから、空を飛ぶことも夢!今度は僕、スーパーマンになりたいんですよね(笑)。

 
北原照久さん(コレクター) Profile

1948年東京都生まれ。中学を退学したやんちゃ者が、高校の恩師の一言で生まれ変わり、総代で卒業。19歳でスキー留学したオーストリアで古い物を使い続ける文化に触れ、帰国後、時計や広告ポスター、おもちゃなどを収集。コレクター人生が始まる。1986年「ブリキのおもちゃ博物館」設立。2006年「横浜人形の家」プロデューサーに就任。また、レギュラー出演番組は、テレビ東京系『開運!なんでも鑑定団』などテレビ2本、ラジオ4本。講演は年間150〜170本をこなし、これまでに61冊の著書を発刊。50歳以降に始めた趣味は、ゴルフ、エレキギター、サーフィン、ダイビング。
http://www.toysclub.co.jp/

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