自歩人の生活 LIFE OF JIPPOJIN

鄭 秀和さん(建築家・インテンショナリーズ代表)Shuwa Tei

生活、空間すべてを「建築」する。それがこの時代にいる建築家の役割

デザイン家電や家具を世に送り出し、
日本人の生活スタイルに強くデザインを意識させる
ムーブメントを作った一人である鄭秀和さん。
これまでの建築家像を打ち破ったその仕事の流儀は
どこでどう生まれたのか?そして、これから
どんな建築家になろうとしているのか。

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鄭秀和さん

「建築家」とは違う、建築家。

建築家を目指したのは高校時代のことです。絵画を習っていたこと、そして、何か大きなことをやりたいという想いが結びつき、建築という答えにたどり着いたんです。当時、高校生が収集できる情報はしれたものです。なんとなく普通の大学に進むのは違うのではないかと思い、それまで文系だったのに理転し、武蔵野美術大学で建築を専攻することになりました。基本は文系の頭ですが、試験が英・国・数とデッサンだったということ。そして、文系のなかでは数学が出来ているほうだという、たったそれだけの理由です。けれど、大学に入ってみると、教えているのは東大出身の先生ばかり。実際、建築の世界はやっぱり理系なんだなと思いました。

だから、最近はもう開き直っていますよ。文系の建築家。従来からある建築家の仕事ではなく、「インテンショナリーズ業」です。「世の中の生活に関するもの、すべてを美しくする」という仕事であり、空間や生活、そして都市を「建築する」仕事。建物単体を作る人ではなく、新しい概念を作りたいと思って仕事に取り組んでいるんです。

実際、20世紀初頭の建築家たちの多くは、家具をデザインしていました。それが、ちょうど僕が大学に行きだした頃から建築家は建物を作るだけの人という方向性のカリキュラムになってしまっていた。でも、僕は自分の美学を突き詰めた仕事をしたい。だから、建物とその中で営まれる生活に関わるものすべてに、コミットする必要があるんです。僕らがそのことを意識したとき、建築家はそれをまだ誰もやっていなかった。時代的には半歩早かったんです。独自のスタンスを作るべきだと思っていたし、そうするべきだと言っていても、本当に独自のスタンスで建築の仕事に取り組んでいる人なんて少なかった。だから、家具や家電まで、総合的にデザインする「建築家」というスタンスなら、「オンリーワン」になれるのではないかと考えたんです。

確信してモノを造る=インテンショナリーズ

確信してモノを造る=インテンショナリーズ

モラトリアムの時期を終えるきっかけとなったのは1995年に起きた阪神大震災です。当時、大学院を出たのはいいものの、そのまま建築事務所などに入るわけではなく、約2年間のモラトリアム状態だったんです。それで、趣味の延長線上でDJなんかをやっていたんですが、親からはもちろんひどく怒られましたね。普通の建築事務所に入っても、どうせ芽が出ないだろうという、どこか逃げのようなものもあった。ところが、そんなときに阪神大震災が起きたんです。アメリカの大学院に先輩がいて、短期留学に行くことになっていて、アメリカに向けて飛行機が飛び立った、まさにその日にあの大震災が日本を襲ったんです。向こうで、映像を見て驚きました。ところが、その大学で教えている内容、そして建築物には、そういった災害を想定するようなリアリティがなかった。そこで、僕に出来ることではないかと思い、その年の3月に日本に戻って、はじめたのが「インテンショナリーズ」だったんです。1人だと10年かかってしまう仕事でも、3人なら3年で出来るのではないかということで、大学時代の先輩二人を誘って始めました。

そして、社名を考えるにあたっては、僕たちのこの仕事にあった名前はないだろうかと考えたのですが、しっくりくる言葉が見つからなかった。だから、「確信してモノを造る」という意味を込めて「インテンショナリーズ」という造語を作りました。

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